ZUZUとオーシャンゼリゼ

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加藤和彦が亡くなったことで
死別したZUZUこと
安井かずみ(1939-94/作詞家)を思い出した。
分野は違うけど、
個人的にはこの人のほうが
芸術家としての才能があった気がする。

海外渡航が珍しかった時代に
ヨーロッパの上流社会の暮らしを経験し、
サンローランのオートクチュールを着こなし、
あのダリに街中で見初められ、認められたらしい。

ある日、フルレングスのイブニングドレスを来て
パーティー会場に来たところ
そのパーティーがそれほどフォーマルな雰囲気ではなかったので、
その場でこの高価なドレスの裾を、カットして
カジュアルダウンしたこともあるとか。
話のスケールがすごい。

作詞家としてはもともと訳詞から入った人で
歌謡曲以外でも『ドナドナ』とか
教科書に載ってるスタンダードナンバーも少なくない。
そんな中、ヒットした元歌(厳密に言うと違う)
よりいいなと思うのが『オーシャンゼリゼ』の日本語詞。

街を 歩く 心軽く 誰かに会える この道で
素敵な あなたに 声を かけて こんにちは僕と行きましょう
オー シャンゼリゼ オー シャンゼリゼ
いつも 何か 素敵な ことが あなたをまつよ シャンゼリゼ

きのう までは 知らない どうし 今日から二人恋人さ
道を 行けば 世界は ゆれて 愛するあなたと私のため
オー シャンゼリゼ オー シャンゼリゼ
いつも 何か 素敵な ことが あなたをまつよ シャンゼリゼ

フランス語は日本語の語感と違うので合わせるのが大変。
サビの【aux】Camps-Elysées(シャンゼリゼ【で】の意)は
【オー】シャンゼリゼと感嘆詞にしてたりするけど、
ウキウキするような雰囲気は損なってない。

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元々はこの歌イギリスのサイケバンドの曲('68)だそうだ。
世界的にヒットしたのはシャンソンっぽい
フランス語詞の歌というのが面白い。
フランスでヒットしたのは
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おっさんが歌ったバージョン(元の歌詞的にはこっちのほうがふさわしい?)だけど、
日本では'71年に17歳の少女、ダニエル・ビダルが歌ってヒットした。
ちなみにこの年の紅白で佐良直美が歌ってるのをYOU TUBEで見たけど
ウーマンリブ的な感じの違う人の日本語詞でいまいちだった。
CMで使われてたから変えたのだろうか。
ダニエル・ビダルは営業で覚えたのか?日本語でも安井バージョンを完璧に歌えるようだ。
あの人は今見たいな番組で歌っていたのがいくつかあった。

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旧加藤和彦邸が売りに出てる

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価格 6億1,800万円

物件種別 中古一戸建
所在地 港区六本木3丁目
交通 東京メトロ日比谷線 『六本木』 駅
徒歩6分
東京メトロ南北線 『六本木一丁目』 駅
徒歩6分
間取り 4SLDK
土地面積 161.67m2
延床面積 275.91m2
建ぺい率 60%
容積率 160%
接道 西北 私道 4.00m
完成/築年月 1982年12月
構造 鉄筋コンクリート造:
地上2階 地下1階(スタジオ)
権利 所有権
建物現況 空家
地目 宅地
用途地域 第二種住居地域
引渡時期 相談

場所は六本木通りと飯倉片町の交差点からの道がぶつかる
谷町JCTのほうの三角地帯。
旧六本木プリンスとかIBMのほうに入った奥まった住宅街の中。
立地もそうだけどこれだけの地下室を作るのはタイヘンだから
築30年近くてもこの値段。
固定資産税もすごかっただろう。

きょうの日刊スポーツによると

亡くなった軽井沢は何度も足を運ぶなじみの土地だった。
ここ数カ月はうつ病で通院し、体調不良で仕事を降板していた。
また、行方が分からなくなる前日、
故郷の京都でクルセダーズの初期のメンバーと会食し、
昔話に花を咲かせていたという。

加藤さんは上下きちんとそろった服を着て、
パソコンで書いた遺書2通が見つかった。
個人あてではなく、関係者に迷惑を掛けることをわびる
内容だったという。
また「もう、やりたいことがなくなった」と書かれた手紙が
複数の知人に送られていたことが分かった。
加藤さんは2度の離婚と1度の死別で、孤独な生活だった。
数年前まで住んでいた豪華なマンションにはスタジオが併設され、
坂本龍一ら多くのミュージシャンに貸し出すなどしていた。
華やかな生活の一方、夜中にテレビ番組の感想をスタッフにメールで送ることもあった。

常にそばにいる人がいなかったようだ。

孤独さを埋めるように、
年代物のギターなど高額な買い物をすることも多かった。
六本木の外資系高級ホテルを頻繁に利用し、
市川猿之助の歌舞伎音楽を手掛けた時には太鼓を買い集めた。
借金がふくらんだが生活は変わらず、
出演料の確認が、仕事先に対して頻繁になったこともあった。

   ×       ×       ×

京都生まれとあるけど
wikiを見たら、仏師のおじいさんの実家で
生後すぐから小4まで鎌倉逗子。
で1年だけ京都に戻ってその後、中高は東京。
大学はおじいさんを継ごうということで
また京都。実質、江戸っ子気質だと思うが
京都も入ってる分、すごい見栄っ張りだったのだろう。
芸能人ならそれも必要だ。
ラインで言ったら、万人受けはしないけど

都会出で自意識が高く、とにかく細部へのこだわりが強いタイプ。
三島由紀夫とか田宮二郎とか伊丹十三とか
久世光彦とか景山民夫とか三浦和義とか
みんな亡くなってるな。
海外の情報が少なかった時代なら、
イギリスでは、フランスでは、ロンドンでは、パリではという話をしながら
イヤミなくらいスノッブであることに
それなりの意味があったけど今はどうだろう?

とにかく金があって、かっこよくあることを追求していたけど
かっこいいことを実践してるだけではかっこよくなくて
かっこよくないことをさらしてこそ実はかっこいいという境地には
最後まで立てない。
そんな恥をさらすならいっそ死を選ぶという。。。
ある種、古い日本人的と言えば日本人的。
方向性違うけど、趣味性については
ちょっと岸部シローともかぶる。
このひともウツか。

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加藤和彦は2006年ぐらいでまだクルマも
90年代後半に買った75年型のアストンマーティンV8を
持っていたし、ここにも住んでいたから
最近になって、これまでの貴族的な
散財のつけが回ってきたのかもしれない。
そういや同じ頃、六本木ヒルズのラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション
で女の人と一緒に食事していたのを見かけたことがある。
日常な感じだったのが印象的だった。

お金に行き詰っていたのだろうか。
プライドもあっただろうから
生活のレベルは急には落とせなかったんだろう。

「もうやりたいことがなくなった」
といっていたそうだけど
仕事でもビートルズでいうとポール・マッカートニーのように
メロディ至上主義で、パッと思いついて出来た人だそうだから
それが出来なくなるのはかなりつらかったはずだ。。。

高度成長で物質的に豊かになろうしていた
70~80年代を謳歌した
スノッブとか高等遊民にとって
今はツライ時代なのかもしれない。

ご冥福をお祈りいたします。

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不毛地帯

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山崎豊子の小説『不毛地帯』のドラマがスタートした。
映画が1回、TVドラマ化されるのは2回目
主人公、壱岐正のモデルは言わずと知れた
瀬島龍三(1911~2007)である。

小説・ドラマは酸いも甘いも噛み締め
戦後を生き抜き、立身出世を果たしたエリートのお話。

略歴

1911年、富山県の農家で生まれ、
陸軍士官学校、陸軍大学校を経て
太平洋戦争時には大本営参謀として
作戦立案に参画。
終戦直前には関東軍参謀(陸軍中佐)となった。
ちなみに上の写真で肩からかかっている紐が
参謀の印である参謀飾緒(通称:参謀肩章)

終戦後はソ連軍の捕虜となり、
シベリアに連行され56年に帰国するまで約11年間、
抑留生活を送る。

58年、当時は繊維商社だった伊藤忠商事に入社。
ゲンナマが飛び交うなど
生き馬の目を射抜くような
激しい戦いがあった次期戦闘機商戦などを担当し、
約4年で取締役に就任。
そして石油部門への進出や、
いすゞ自動車と米GMの提携を仲介するなど、
伊藤忠が総合商社に脱皮するのに貢献。
副社長、副会長を経て78年には会長に就任した。

その後は中曽根康弘元首相のブレーンとして
行革にもらつ腕を振るうなど、 
戦後の政財界で隠然たる影響力を発揮した。

まさに激動の人生である。
           
瀬島は士官学校を次席、
任官地で認められた士官しか入れない
陸軍大学校を首席で卒業。
戦前、軍でもエリート中のエリートしか入れなかった
大本営の陸軍参謀本部作戦課にいた。
いまでいうと東大法学部⇒財務省主計局勤務か
いや厳しさと数で考えるとそんなレベルじゃない。

硬直化、官僚化した昭和陸軍の中で出世できたのは
抜群に要領のいい人であったからに違いない。
戦後、抑留後に早く出世できたのも
陸軍で身に着けた、
防衛人脈と組織と情報のマネージメントのおかげ。
陸軍はいわば彼の原点だ。
中曽根元首相とは時に上から話したそうだが
軍時代の華麗なる実績がものをいったのはいうまでもない。

華々しい経歴と活躍がよく話題にされた
彼だが一方で発言や行動が
誠実でないとして
一部で批判がある。

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共同通信社社会部『沈黙のファイル』や
保阪正康『参謀の昭和史』に詳しいが
終戦後の交渉でシベリア抑留の密約を結んだとか
(要するに仲間を売った)
太平洋戦線でも情報将校の有効な打電をにぎりつぶし、
現地の連隊を玉砕に追い込んだという話もある。
すべては数々の無謀な作戦を計画立案した
上司のため、忠実な犬であったわけだ。
東條のお眼鏡にかなった
開戦以来の参謀本部中枢
いわゆる田中新一-服部卓四郎-瀬島龍三のラインだ。

数人しか知りえない真実を知りながら、
肝心なところは語らずして墓に入った。

11年に及ぶ抑留生活は厳しいものだったと思うが
責任ある軍の中枢にいた以上は
真実を語る義務というのがあって、
抑留生活を送ったからといってそれがすまされるものではない。
陸海軍の大将の中には責任を感じて
戦後、公の場に一切出ず、余生を送った人も少なくない。
臨調での動きを見てもそうだが、
この人には権力をわたる上手さはあっても
信念みたいなものがない気がする。
風見鶏といわれた中曽根氏と馬が合ったのもうなづける。

塀際の魔術師といわれた彼もそうだが
得てして実社会ではこういう人物が往生まで出世するようで
図太いやつほど長生きするという感じがしないでもない。

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歴史は繰り返すのか?

小選挙区制で与野党逆転というと新しいもののように
思われる向きもあるが決してそんなことはない。

日本でも大正デモクラシーの頃の
第二次大隈内閣時代(大正3~5年)、
小選挙区制の選挙で与野党が逆転。
その後、その流れで再び与野党の逆転や政党の離合集散があったあと
憲政会と政友会という二大政党の時代があった。

この二つの政党はそれぞれ対立軸があって
政友会は保守派、地方・地主に人気、三菱財閥が支援、親軍
原敬、高橋是清、中島知久平、田中義一、犬養毅、久原房之助、鳩山一郎 など

憲政会(~立憲民政党)は革新派 都市部・インテリに人気、三井財閥が支援
普通選挙法の導入でピークを迎える。
加藤高明・尾崎行雄・河野広中・若槻禮次郎・濱口雄幸・片岡直温 など

今のイメージならさしずめ、政友会が自民党 憲政会が民主党か

昭和恐慌後の経済政策でも双方は対立軸にあって
濱口雄幸内閣で蔵相になった井上準之助は
徹底した「緊縮財政」論者で正貨を蓄え、金解禁を行うことによって為替の安定を図ろうとした人物。
(もっとも昭和恐慌の発端は前蔵相の片岡直温の失言だったが)

政友会の高橋是清といえば、その後の犬養内閣の蔵相
「積極財政論者」「日本のケインズ」「日本のニューディーラー」ともいわれる。
金輸出を再禁止し、日本は管理通貨制度へと移行した。
高橋蔵相は民政党政権が行ってきたデフレ政策を転換し、
軍事費拡張と赤字国債発行によるインフレ政策を行った。

当時と似た状況にある今の日本経済をどう立て直すかという話の中で
高橋是清の経済施策を改めて見直そうという動きがあって
高橋の経済政策に関しては色々本が出ている。

大恐慌を駆け抜けた男 高橋是清 (中央公論新社)
昭和恐慌と経済政策 (講談社学術文庫)

その中では積極財政はとりつつも
締めるところは締め、バランスを重視して財政に取り組んでいたという論もあって
なかなか面白い。

政権交代で気になるのはやはり経済。
就任時の新財務相や新金融相の発言で早くも財界や市場は揺れている。
バラマキは困るけど、まくところにまいて回さないと経済はどうにもならない。
問題はどこにどうまくかである。

来年の参院選までに結果を出すのは大変だが
その手腕に注目していきたい。

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コンプレックス

Faurecia

誰しもコンプレックスというのはあるものだ。
それをバネに立身出世に励むという例も
古今東西多い。


9月13日の朝日新聞にこんな記事が載っていた↓

サルコジ仏大統領が視察の様子を撮影される際、背が低く見えないよう
周囲を小柄な人に限定しているとベルギーのテレビ局RTBFが報じた。
「自分は身長が低いから選ばれた」との証言映像がインターネットで広がったが、
大統領府が否定声明を出し、かえって話題に。国内外のメディアが後追いしている。

 身長168センチとされるサルコジ氏は6月、オバマ米大統領が訪仏した際、
会見台にさらに隠れた台を載せていたことなどで知られる。


 発端となった報道はサルコジ氏が仏北部ノルマンディーの工場を訪ねた際のもので、
6日夜に放映された。同氏のそばに並んだ従業員にRTBF記者が
「あなたは小柄だから選ばれたのですか」と尋ねると、女性は「はい」。
「サルコジ氏より背が高くてはいけないのですか」と聞くと、「その通りです」と答えた。

 仏大統領府は「ばかげた報道だ」と否定した。
しかし、労組関係者はメディアに「大統領府から工場に要請があった」と反論。
英ガーディアン紙が「背が低いとなぜ気にする」との特集を組むなど、報道は広がっている。

 RTBF担当記者は8日付のベルギー紙で、サルコジ氏視察先での操作を「劇場化」と批判。
「事前取材の際、『大統領を囲む従業員は身長で決まる』と聞いた。
視察後、前列の人たちにマイクを向けて真偽を聞くと『それを言ってはだめ』という声が上がったが、
すぐ別の女性が認めた」と話している。

 RTBFのマリアナ・クラリック副国際局長は「報道後、大統領府が声明を出したと知って、
反応に驚いた。仏メディアはとうに知っていても、大統領府とふだん接触があるから、
あえて書かないのだろう」と語った。

        ×                ×                ×

高級紙といわれるガーディアン(労働党支持)まで特集を組んでるのは笑うが
権力者ほどとかく見た目を気にするものだ。
見た目で人気が左右される昨今の政治家ならなおさらだろう。
そういや金正日もシークレットシューズを履いているといわれるが
写真映りをここまで気にするのは西側より旧共産圏だった気がする。
アメリカでもテレビを選挙で活用したケネディ以来、その傾向が強い。

かの国の歴史では屈指の政治家であり、軍人であった
ナポレオンも低身長で悩んでた一人で
近衛兵たちは親しみをこめて、「小さな伍長」と皇帝ナポレオンを呼んでたそうだ。
彼の身の回りを見ていた執事の回顧録によれば、身長はおよそ162センチ。
皇帝からは、165センチだったと書けと言われたとか。
本人もそれを気にしてか、軍中ではほとんど馬上にいる事が多かったらしい。

サルコジの一件については
今回、思わぬ形でばれてしまったがゆえに
今後はこの手が使えないばかりか
ご本人がさらに小さく見えてしまったことはいうまでもない。
さらに周りも隠そうとせずにジョークで返せる余裕があれば、
ここまで報道されなかったとも思う。
自国のメディアが黙ってたのは、
今後取材がやりにくくなるのもあっただろうが
両者の関係がそれなりに良好で共犯関係にあったところもあるだろう。
自国のリーダーがそれなりにかっこよく見えて欲しいという素朴な思いは
どこの国の国民でもあると思うが
そういう気持ちもどっかにあったのではないだろうか。
何しろ美やファッションではいまだ世界の中心にある国だ。

ちなみにわが国のメディアにおいてはそれはなさそうだ。
見栄えは自己責任
ほんとにあるかは別にして
実を取るといえばかっこいいが
それがいいのか悪いのか。。。

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流行歌ふたたび?

『アカシアの雨がやむとき』 西田佐知子 '60年発表
'60年安保闘争時の流行歌ですが
なぜか画は69年1月の東大安田講堂の攻防戦。
歌は戸川純のカバーです。

『フランシーヌの場合』 新谷のり子 '69年発表。
1969年3月30日、当時30歳のフランス人女性フランシーヌ・ルコントが
パリで起こした政治的抗議のための焼身自殺をきっかけに作られ、
約80万枚を売る大ヒットを記録した。
画は翌年の大阪万博

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たまにはこんな車も。。。

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ナンバー2ケタ
新車から乗ってワンオーナー。
○○54だと1992年ぐらいでしょうから、17年目。

70年代、80年代の車でも
S山には多いパターンです。
こういうのが一番エコなんだけどな

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平塚八兵衛 刑事一代

土日二夜連続でやってた渡辺謙主演の
平塚八兵衛のドラマを見たがなかなか面白かった。
現代の記者が登場して昔話をいろいろ聞くくだりは
いらなかったけど。

産経の記者が書いたドラマの原作本はもちろん
この手の事件のドキュメント本を結構、読んでいる。

最初に知ったのは1973年に出た
学研のジュニアチャンピオンコース
『あの事件を追え』という本だ。

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人権問題が叫ばれる
今じゃ考えられない内容の本だけど
実際の事件の詳細が当時の新聞などを交えながら載ってて、
小3ぐらいで読んだ記憶がある。
その中で一番驚いたのが
どろぼう村事件で代々、村人全員が
スリをやって生計をたてている村が摘発されたという話だった。
実に前近代的でいろんな背景があるのだけど
昭和30年代の出来事である。
確か小説と映画にもなってた気がするけどもあまり有名ではない。

有名な事件の詳細や捜査の展開はだいたい頭に入っているが
それを踏まえると帝銀事件、
銀座そごう警備員殺害、吉展ちゃん事件のあとにあった
3億円事件に関しては蛇足だった気がする。

そういや去年フジテレビでやってた3億円モノの平塚役は中村梅雀だったが
この事件だけでも、失敗を振り返るという流れで
一本作れるぐらいの膨大な物語があるのにもったいなという感じがする。
平塚が単独犯説に固執したため、
複数犯の捜査がなおざりになり、
迷宮入りの原因の一つになったことはよく言われる話だ。

平塚は旧制中学卒業後、
土浦で農業に従事していたが、ある事件で誤認逮捕され、
取調中に殴る蹴るの暴行を加えられたことがあったという。
こんな経験をしていたら普通ならアンチ警察になるところだが
発憤し、警察官になろうと決意して上京、警視庁に入庁した。

NHKスペシャルで昔、
吉展ちゃん事件の取調べのテープを公開してて
聴いた記憶があるが、
渡辺謙のような熱血というよりは淡々としてて
年配の先生みたいな感じだったように思う。
この辺は同じでなくても
ドラマとして面白ければ、それでいいとは思うが。

S山に平塚の後輩刑事だった人が
たまに来るそうで一回お会いしたいところだが
まだ会ったことはない。
いろいろ話を伝え聞くところ
人情味にあふれた職人肌の人物であったことはまちがいなさそうだ。

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DSといっても。。。

「DSを買わないか」
といわれた。


形が違うのでどこのDSかとおもいきやメルツェデス(笑)
(写真は同型車)

1953mercedes170ds4drsd113008

値段はいえないけどいい値段だったので
ちょっと欲しいなあと思った。

ベンツ170DS
1953年製だけど原型は1936年
なのでW136
ナチスドイツ時代の車だ。
しかもディーゼルエンジン。

オーナーは1958年に購入。
かなり高齢だが
今も庭で運転しているので
エンジンはかかるし、もちろん走る。
ナンバーがまたシブくて
品川とか入ってない
当時のナンバーである。
('62年2月14日以前は東京都だけ品、練などの地名が入ってなかった)
ただし委譲はナンバー変更しないことが条件なので
ディーゼル問題を解決させないといけない。
それを解決する方法は知ってるんだけど
いかんせん買える状況ではないか。。。


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チンクェチェントではありません

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      ワンダーシビック(Si?)のエンジン
(ZC型:1.6L 直4 DOHC)が
『ミッドシップ』で換装され、
ブレーキ、足回りも強化されているとか。

Cinque Cento(500)ならぬ Mille,Sei Cento(1600) 

語感が悪いな

660ぐらいなら Sei Cent,Sessanta で語呂もよさげ

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'70s SPORTS

20090526

工場に行くとたまたま
70年代のスポーツカーしかない状況になりました。

メルセデス500SL
フェラーリ512BB
シトロエンSM

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同じtransaxleでも…

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付き方がぜんぜん違ってて
シフトノブからのリンケージ(赤矢印と赤丸)の場所も
天地左右まったくちがいます。
問題は解決しそうですが。。。

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不透明な国際貨物の料金

国際貨物や国際宅配便の値段は
ある程度の重さ、大きさまでは
その国の郵便局に当たる機関が最も安いが
それ以上になるとまた複雑になるので
輸送会社の選定には苦労する。

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自動車部品は今は
ボディなどのような大きなもの以外は
航空便で送ってもそれほどお金がかからないので
1ヶ月以上かかる
船便で送るメリットはほぼないと思う。
アメリカの郵便局が船便をやめた理由として
高コストの問題や利用客が減ったということが挙げられるが
その背景におそらく航空貨物のコストダウンがありそうだ。

しかし航空貨物の料金というのは
ものすごい複雑で
荷主が契約している会社だと格安になったりすることもあるので
一概にどこが一番安いとはいえない上に
door to doorの場合、
日本の空港から配送先まで持ってくる料金が
最も高かったりするので
door to airportにするのが基本だけど
これもまた一概にそうとも言えない場合もあるみたいで
それがまた事を複雑にしている。

個人で頼むとものすごい高い
この不透明な料金はたぶん貨物会社同士の
カルテルなんじゃないかと思っていたけど
航空運賃の値上げについて
去年4月に日通など大手十三社に
公正取引委員会の立ち入りがあったようで
今年2月には物流大手3社を含む十数社に、
独禁法違反で総額約100億円の課徴金納付命令と
排除措置命令を出す方針を固めたというニュースも伝えられている。

基本は荷主にいろいろ確認してもらって、どれだけ熱心に
安くて安全な方法を模索してくれるかにかかってたりするけど
シッピングはともかく
パッケージングに結構な手数料を取ったりする輩も少なくないので
こちらも注意が必要だ。
内訳教えろって言っても
だいたい合算して通知してくることが多い。。。
商売だったらしょうがないけども、
その許容範囲がまた難しいところだ。

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敵役はシトロエン?

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ジョン・フランケンハイマー監督の
映画『RONIN』('98)を見た。
前に見たことがあるのだけど
カーチェイスが見たくなってまた借りて見た。
正直映画そのものは冗長でそれほど面白いわけではない。

この映画にはアウディS8、プジョー605、シトロエンXM、
といろんな車が登場するが
中でもいい味を出しているのが
BMW M5 (E34)とカーチェイスを繰り広げる
メルセデス 450SEL 6.9である。

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6.9L V型8気筒は、
戦後のベンツの乗用車エンジンでは最大級。
シトロエン自慢の
ハイドロニューマティックサスペンション搭載
78年から80年のモデルは世界初のABSもオプションで選べた。
映画『男と女』の監督、クロード・ルルーシュが作った
短編でフェラーリが早朝のパリを疾走する映画があるが
実際カメラを前につけて走っていたのはこの6.9だったそうだ。
音は差し替えたのかな。
一度は乗ってみたい車の一台。

映画『フェラーリの鷹』でも敵役はDSに乗っていたが
この映画でも敵役のボスはXMに乗っていた。
そりゃアウディS8に追いかけられたらなあ。。。

通常カーチェイスシーンの撮影は2ndユニットに任されることが多いが、
フランケンハイマー監督が元アマチュア・レーシングドライバーだったこともあり、
劇中のカーチェスシーンは全て彼自身の手によるものだそうだ。
どおりで車の選択もシブい。
パリとニースの狭い路地を駆け抜ける様は
なかなかの迫力である。
ちなみに監督は当時68歳ぐらいだ。スゴイな。


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ホイール来ました!

20090515

1つにへこみと
細かいキズがありますが
リぺアできるのでモノはまずまず。
このあたりは写真等で説明していたので
何の問題もありません。

usedですし、
当時のホンモノの純正オプションで
手に入らない貴重なものなので
いい買い物でした。

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次のパーツ依頼は。。。

Lancia2003720p2202

Lancia Rally 037
また難易度高すぎです(泣)

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BMWのホイール探し

1128149656_126s
1128149656_220s
1128149656_230s

                                                                


人から頼まれて、 2月ぐらいから探していたのがこれです。

BMW2002(写真はターボ)の純正スポーツオプションで 
FPSもしくはMAHLEの5J×13
1973年以降の角テールのアロイ(鍛造)ホイールです。

しかし、これがまたレアなシロモノで。。。
デッドストックでない限り、現在新品ではありません。

02はノーマルだとだいたいスチールホイールにキャップ
ブランド物だとカンパ、クロモドラ、スピードライン
アルピナ…BBS(MAHLEの後身)も多いですが
このホイールをそもそもつけてる02を見つける事も結構タイヘンみたいです。

国内には、売り物ではなくて
欧米の02専門ショップを中心に探していたのですが
なかなかみつけられず
半ばあきらめていた先月中旬
e-bayでたまたま見つけ落札しました。

相手はイギリスの個人さんでしたが
ここからがまたタイヘンで。
イギリス人というのはなんか
レスポンスの悪い人が多いようですね。
返事をすぐ返しても、
その返答がくるのが5日ぐらいかかる。

まあそれも先日ようやく乗り越え
あとはモノが来るだけとなりましたが
モノがこちらに来て、
荷を開けるまで安心できませんね。

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追悼


2代目ミラージュなので、83年ごろですが
M社らしくないアバンギャルドさです。
この別バージョンのCMがかの有名なエリマキトカゲ。
こちらもヒットしました。

彼が車のCMに起用されたのも
この歌の影響が強かったのかもしれません。


雨上がりの夜空に/RCサクセション '80

強い雨に打たれ エンジンにいかれちまった
オレらのポンコツ  とうとういかれちまった

どうしたんだhey hey baby
バッテリーはびんびんだぜ
いつものようにきめてぶっ飛ばそうぜ

そりゃひどい乗り方 したこともあった
けどそんなときも お前はしっかり

どうしたんだhey hey baby
機嫌直してくれよ
いつものようにきめてぶっ飛ばそうぜ

Oh どうぞ勝手に降ってくれ
ぽしゃるまで Woo
いつまで続くのか見せてもらうさ

こんな夜にお前に乗れないなんて
こんな夜に発車できないなんて


ちなみにこの歌詞にはモデルがあって
当時の忌野の愛車だった日産・サニーが廃車になった時、生まれたとか
たぶん110か210ですね。

スポーツ報知に出てた音楽評論家、小倉エージ氏によるとこの歌詞は
「性的表現や恋愛行為を車などに例えて歌うのは
 米国の古いブルースの伝統を踏襲したもの」だそうだ。

彼の最大の功績はロック=英語が常識と考えられていた
かつての日本の音楽シーンにあって、
日本語でもロックのリズムに乗せることができることを証明したこと。

ご冥福をお祈りいたします。


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問題解決!

20090502

最近SMを買われたXさんのお宅にお邪魔し、
スフィアのリチャージを行った。
ディーラーなどでは勧められていないが
10年前ぐらいからちらほらやっている人がいて
どんなものなのか一度試してみたかったがなかな機会がなかった。

Xさんは所有されているCXなどのスフィアのリチャージをするために
窒素ボンベなども持っておられてる本格派で
無理をお願いして今日の日となった。

自分のSMには買ったときから
一速でアクセルを踏むとフロントが上がる現象があって、
どうもCXの球が
圧を変えないまま、付けられているのが原因ではないかとにらんでいた。

SM 40bar CX  75bar

フロントスフィアは圧が35barも違うのに、
そのままつけるなんて普通はありえない話だが。。。

しかし近くにSMで実際リチャージをされている人もいなかったので
試す機会がなかったがようやくその原因を追究できることになったわけだ。

作業を見学するのに一杯で写真は取り忘れたが(笑)
Xさんは慣れた手つきで作業を進め、
ものの3、40分で終了。
近所に試運転に出かけると
これまであったぼよんぼよん具合が見事なくなって
SMらしい硬めなサスになった。よかったよかった。
T匠いわく後ろをやってもあまり変わらないだろうとのことで
あえて後ろはしなかった。

前のオーナーが変えてからたぶん5年ぐらいたつと思うけど
スフィアには結構圧が残っていて、
Xさんいわく開けたときの音が過去最高とのこと。
結構持つもんだなと少し感心した。

Xさんに感謝!
これからもよろしくお願いします。


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消耗品が高すぎるのは困りもの

右リアのブレーキから鳴きがあるので
見てみると、ブレーキパッドがなくなっていた。
去年10月ごろ替えたのにまたなんで?
と思ったら、ピストンの戻りがいまいちよくないようだ。

キャリパーOHか。。。
シールキットとピストンが必要
といってもそんなにお金がかかる作業ではない。

で急きょブレーキパッドを探すことに。
前、探したときも思ったが
消耗品のくせに高すぎる。
リプロ品なのに。某ショップは$179(17,613円)もする。
フロントじゃなくてリアなのに。
一方、ブロディは£52(7,525円)。
1万円も違えば、当然こちらを選ぶわけだが
しかしこちらはこちらでまたメールの返りが
すこぶる悪いから発注までがタイヘン。。。
こうなるといつものようにしつこく送るしか方法はない。

時間かかるならもう一個あってもいいかなと
張替えか既成品の購入を検討することに。

アスベスト入りの当時のものが売ってたりもするけど
これがまた150euro(\19,491)とべらぼうに高い。

3014400902


ちなみに張替えだと昔ながらのライニング屋さんでもやってるが
今は1万円弱からでブロディのに送料入れると変わらなくなる。
ちなみに日本の某ブランドがやってる旧車の特注生産だとさらに又値段ははね上がる。

純正はT社だがF社も捨てがたいので
色々探してみたが
当時の型番はわかったが、現在はもう生産中止。
別の車で代用できるあてもないようだ。

まいったなあとあきらめかけたら、
また別のブランドで前回それらしきものがあったのを思い出し、
いろいろ探りを入れてみると
こんなのもあって今回は間違いなさそう。

Photo

ちなみにフロントも。。。

Photo_2

前は確か日本の代理店を通して買ってくれ
といわれた気がする。
しかし国内の代理店だと
まず在庫がないので(そらそうだ)
取り寄せになる。
そうなると船便だが何だかで
3か月かかるとか言われたな。
(グローバルなこの時代にまた悠長な仕事だ)
ただそんな縛りを気にしない店も某国にはあるだろう。

一応メールを数店に送ってみた。
買えるかどうかわからないけど
値段もまずまずで送料入れても
おそらくブロディよりも安くなる。

探せばあるものだな。

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男ならDATSUN type A

98952dc937efd646

由来
のちに日産コンツェルンに吸収された
快進社自働車工場の創立メンバーである、
田健治郎の「D」、青山禄朗の「A」、竹内明太郎の「T」
それぞれの頭文字を採り、
早く走ることのたとえに使われる「脱兎(だっと)」に掛けた、
「脱兎号(DAT CAR)」が始まり。
1930年に、DATの「息子」を意味する「DATSON」を商標として掲げたが、
日本語読みで「損」を連想させるため、音が同じで太陽を意味する「DATSUN」に改められた。
かつての日産自動車を代表する小型車レンジのブランド(商標)の1つである
(81年にNISSANに統一)
                                          wikipediaより

GTR,、ハコスカ、ケンメリ、ジャパン、Z...
70年代、日産といえば、男くさい、ワルなイメージの車が多かった。
石○軍団が劇用車としてよく利用してたせいもある。
当時、若者にとってはこのあたりは高額でなかなか買えない車であったが
グレードの落ちる安価な大衆車の中にも
そこそこかっこよくて
十二分にスポーツドライビングが楽しめるほどの性能を兼ね備えた車があった。。。
今のニッサンじゃ考えられないけども。

Photo
Photo_2
Photo_3
Photo_4                            

某所にあった幻の110サニー(クーぺ)を見に行ってきた。
しかも稀少な輸出仕様。
1973年 4速マニュアル
オリジナルで1200のA12。
2年ぐらい動かしてなくて
野ざらしだったので結構汚い。
リアのDATSUNの字が一部欠けてたり
塗装もやり直さないとダメそう。しかし
サビは少ないし、それほど手間かけず
動くのはまちがいなさそう。

A型エンジンはご存知のとおりの名機
wikipediaより↓

構造自体はシンプルなターンフロー式OHV機構ながら、
コンパクトかつ低重心で軽量なうえ、かつ高回転まで軽快に吹け上がる特性を持ち、
小型車用エンジンとして優れた性能を備える。
80年代初頭まで排気量拡大の改良を受けながら大量に生産された。

レーシング用チューニングを受けると、
本来高回転に向かないはずのOHVエンジンでありながら、
毎分1万回転を許容するという驚異的なポテンシャルを発揮し、
これを搭載したサニーB110は1970年代以降、
長年にわたって日本国内のレースシーンで人気車種となっていた。

だから大衆車の割に
オリジナルが非常に少ない。
まあオリジナルのクーペなどほとんど見かけないが。
110は売り物はほとんどなくて大体個人売買。
仮に売り物であっても
5速のクロスミッションがついたGX5なんかだと結構な値段。
ネットを見ると過去のヤフオクとか中古車店だと
166万~200万円の値がついていた。
マニア価格だな。新車時より高いのではないか。。。

こちらは華美すぎてあまり人気の出なかった
次の代210の輸出仕様のサニークーぺ。
オイルショック後で省エネがキーワードだったからしょうがない。

Photo_7
3
4
5
6

1974年式 4速マニュアル
66,740km ワンオーナー
エンジンはA12 右ハンドル
お値段驚きの約16万8千円 !!!

程度よさソ
しかも手ごろな値段。
リアが210のエクセレントみたいな丸灯じゃないのがいい。
Sani

sellerは取りにこれる人だけってかいてあったけど(笑)
これぐらいだったら整備諸々100万以内?
日本に持ってきても採算があいそう。

国内で買うレストアベースなら程度にもよるが
50万以内で買って、+30~50万ぐらいで最低限になるぐらいがちょうどいいだろう。
いわゆる程度極上の100万ぐらいの車だと店で売られている値段から大体50万円ぐらいの
諸経費+利益分を引いた額が原価か。
普通に乗れる車が安く買えればそれに越したことはないが
となると大体個人売買になる。

70年代の車はオレンジ、グリーン、イエローがよく似合う。
インパネのデザインもグッド!
FRのサニーに対し、FFのチェリーも

Kpe10_2


E10のクーペはなかなか個性があってカッコイイ。
写真はX1R(オーバーフェンダーがつけられた軽量のスポーツモデル)

↓当時のライバルに引けをとらない性能に加え

車名         排気量 馬力 最高速度
チェリー1200   1171 68 150
チェリー1200X-1   1171 80 160

オースチン1300GT 1275  70   148
モーリス1275GT   1275  60  140
シトロエンGS1220  1222  60   151
ルノー6TL       1108 47   135
プジョー204 1130 60 140
アルファスッド 1186 73 150
ホンダシビック 1169 69 155
スバルFF-1 1088 77 160

車重が625~685㎏と軽かったため、キビキビとした走りで
人気があった。
ミッションの上にエンジンを載せるという二階建ての構造は
ミニと一緒。

Photo009

X1r1_2
Ken


                   
             
初代クーペのリアがケンメリにちょっと似てて
また大胆で奇抜なデザイン。
NYMのときに見て、ちょっと感銘を受けた。
同時代の何かに似てると思いきや、
何かはわからない。
02ツーリング? 2代目エリート? 初代スッド? A310? 
デザインは流行なのでしょうがないが。

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250pxlotus_elite_brentwood_1976
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A310

         
70年代のサニーやチェリーはカッコイイ上に速いし、燃費もいい。
部品もあるし、構造も単純で整備も難しくないから
このご時世の二台目には最適。
家族がいたら最近のになるだろうけど
70年代に物心がついたせいか
不思議なモンで
やはり惹かれるのはこのあたりになる。

免許とって乗り始めた80年代の車は
見る分にはいいけども意外と買おうとまで思わない。
70年代は産業的にも成熟の一歩手前で
過渡期だったからよかったのかもしれない。
効率だのマーケティングだの言い出すと
冒険しにくくなるしいいものはなかなか作りにくくなるから
魅力が薄れていくというもんだ。
売れるものといいものというのは必ずしも一致しないが
何が売れるかなんてタイミングもあるけど
冒険がないとやはり楽しくない。


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チェーンレンチ

Photo

スフィアのリチャージ用にチェーンレンチを購入。
990円なので、たぶん中国製ですね。
意外としっかりしてます。
ホントに使えるかは使ってみないとわかりませんが。。。

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ヘッドライトスイッチ交換

スモールが勝手に点きっぱなしになったり、
ローが点灯しないなどの
不具合があったヘッドライトスイッチ。
きのう替え($20)がやってきたので
交換しました。

Photo
Photo_5


ショートして接点周りのプラスティックが溶けておりました。
日曜の未明、東名を下っている時に
焦げ臭いにおいがしていたのですがどうもこれが原因のようです。

しかしバラシ後、ステアリングの裏のケースをまとめるのがタイヘンでした。
というのも前にライトスイッチを修理した跡があって、
その時、無理やりこじ開けたせいで、そうなった可能性が高いです。
カバーを開けるには上下を止めている
両端のアルミの金具を手前にまず抜かないとだめなんですが
それやらずに開けようとしたんでしょう。
前後何でこんなところに穴を開けて
タイラップが結わえてあるのかと思ってましたが
原因はこれだったわけです。

Photo_3

リチャージ用のバルブVALPLEX2000
(5個入り/\5800)がやってきました。
モダンサプライさんは速いです。

http://www.modern-supply.com/garage/

イギリスのGSFだと

https://secure.gsfcarparts.com/shop/

£8(税・送料別)とあります。
ANDY spare(当時のアドレスが上記のGSFにつながりました)という店で
約10年前に1個当たり£2.65(税抜き)だったようですが
それからすると5個で£13.25(当時は£1=\200over,税金送料入れると4000円ぐらい)
値段的にはおそらく値上がりしていると思われます。
今、売っている£8という値段は
SOLD INDIVIDUALLYとありましたのでたぶん1個あたりだと思いますが、
それだと値段は税(VAT)、送料入れると
たぶん税金入れて約6500円+送料なので国内より高くなってしまいます。
そこで今回は国内で買うことにしました。

Photo_4

先日東京でお会いした
ボルトさんからオランダのクラブの会報誌と
CITROexpertという雑誌が送られてきました。
オランダ語なのでチンプンカンプンですが、
英文の手紙によると彼の主治医が出てるとのこと。
今後も交流を深めていきたいものです。
地図を見ると彼の住むアーネムはオランダ南東、
かなり内陸にあって、ドイツに近いところにあります。

今年は日蘭通商400年。
ちょっとは歴史に貢献したでしょうか(w


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瀬戸内予島ミーティング

20090412_001_
20090412
絶好の晴天に恵まれた日曜。
ETCキャンペーンもあるので
香川県の予島まで行ってきました。

山陽道も瀬戸大橋も初めてだったんですが
おなじみの方々とお会いできて楽しかったです。

日曜の午前2時半ぐらいに出て
朝8時に集合場所手前の三木SAに到着。
ここまで無給油で640㌔ぐらい走り、
白鳥PAで合流して予島に向かいました。

行きは何事もなく、
よかったのですが帰りは
阪神間(西宮北-宝塚)と中京方面(亀山-四日市)
の行楽帰り渋滞と
さらに浜名湖近くの事故渋滞(外車が燃えたそうです)
を通り抜けるのがタイヘンでした。
最後のはガス欠寸前で渋滞にはまったので
気が気ではなかったのが大きかったですが。
東名名神(新名神除く)の感覚でGSのあるSAを期待してはだめですね。

現地は15時に出て、
何やかんやついたのは日付が変わった午前1時半ごろ。

日曜は21時を越えてもETCキャンペーンのせいか
交通量が多く(時間帯的にほぼトラックではありましたが)、
しかも皆飛ばしていたので
流れに乗りつつ、車線全部使ってすり抜けてました。

が、いつまで続くんだ静岡県と思いながら走ってると
まっすぐが続く日本平とか由比あたりから
その先の御殿場あたりまで一部記憶が飛んでるような。。。

考えたら一日寝てなかったです(笑)

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スフィアリチャージの是非

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スフィアにリチャージするとガスが抜けやすくなるのはなぜなのか
疑問に思っていたけども
T匠によると
スフィア内の膜(ダイヤフラム)がへそねじで固定されているため
ねじを一回開けると膜が動いてしまってガスが抜けやすくなる場合があるそうだ。
大丈夫なのは大丈夫なようだけど。

もっとも工場がやりたがらないのはリスクのほかに
自分でDIYでやるなら別にしても
バルブ代+工賃その他で1つあたり6、7千円ぐらいかかるなら
溶接タイプのを交換してもそれほど値段が変わらないからというのもある。
費用対効果の側面だ。

欧州で4000~5000円で売っているから
送料入れても(重い上に2球~5球で値段が微妙に違ってくるが)
それほど変わらなくはなる。
物を取り寄せれば
チェーンレンチがあれば、自分で交換するのもそれほど難しくはないだろう。

現状は溶接球がついているのでこの先
お高い旧式の分割タイプ入れるなら全部まとめて入れたいと思っていて
これまでのびのびになってきたけど、リチャージするなら
フロントの2球だけでも用意してやったほうが良さそうだ。

追記 T匠が倉庫から2個、分割タイプのSM用スフィアを見つけられたので
    譲ってもらうことにしました。
    ダイヤフラムはこちらで用意して、OHしてもらいます。
    OH代は1個2万ちょっとぐらいでしょうか。
    ダイヤフラム(合成ゴム製)は白と黒があるようですが
    白のほうが耐久性があって、いいとおっしゃってました。
    でもなぜか白のほうが安い。汎用で量産なのかね。

    1ドル=100円  1ユーロ=132円 1ポンド=147円

    上がってきましたね。
    スチュアート、シルビアン、マイルズ
    さてどこで買おうか。。。

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レトロフューチャー

Photo

ストゥーディオ・ミケロッティが
マトラM530を流用して作ったショーモデル
『ミケロッティ・マトラ・レーザー』

招待券をもらったのでヒルズでやってた
コンクール・デレガンス2009に行きました。
他にはこんなものも!

Photo_2
Photo_3

白洲次郎のベントレー

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ウォッシャーポンプ

Washer_pump
(写真は現物ではありません。
 似たものをネットで探してたら見つかったものです。
 固定の金具がこれは上向きですが、SMは下向きですね
 一体車は何でしょう?)

買ったときからポンプが弱ってて
ウォッシャー液が出てきません。

とりあえずやフオクで
1500円のを買って、代替でつけてます。
今の長細い大きいタイプのとはカタチが違うんですが、
何とか似たのを探しました。
今はプジョーもシトロエンもルノーも同じポンプ使ってるそうですね。
三つのブランドのマークがはいってるのもあるそうです。

壊れてるs.e.v marchal製のポンプはもう売ってないんで
一応こちらもつけたままです。
アンドリュー・ブロディで買ってもたぶん20ポンドぐらい
(送料入れてもたぶん3500円くらい)なので
大した額ではありませんが買い物リストに入れておきました。

追記 スチュアートからの返信によると
    オリジナルはないそうで、新しいものになるようです。
    それなら国内で手に入る別のものでもよさそうです。
    同時期のBMWも金具の位置が逆ですが似たような形状であるようです。
    高い車だからこそついているポンプなのかもしれません。

Photo


正解はアストンマーティンV8('72~'89)

200pxsc06_1982_aston_martin_v8_vant

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フロンテクーペ

1971_coupe

Car_and_driver_19880510_03ss
Car_and_driver_19880510_06ss
Car_and_driver_19880510_07ss
Car_and_driver_19880510_01ss


1971年発売
ジウジアーロのアイデアを元にスズキ社内でデザイン。

水冷2サイクルの3気筒ユニットのエンジンスペックは

排気量(cc) :356
最高出力(PS/rpm) :37/6500
最大トルク(kgm/rpm) :4.2/4500
燃料供給装置 :キャブレター
キャブレター数 :3

構造 :モノコック
ドア数 :2
ボディ形状 :クーペ
全長(mm) :2995
全幅(mm) :1295
全高(mm) :1200
ホイールベース(mm) :2010
トレッド前後(mm) :1120/1100
車両重量(kg) :480

駆動系統
エンジン搭載位置 :リア横置
駆動方式 :RR
変速機 :4速MT フロア

サスペンション 前 :独立 ウィッシュボーン コイル
サスペンション 後 :独立 セミトレーリングアーム コイル
ブレーキ 前 :ドラム
ブレーキ 後 :ドラム
ステアリング :ラック&ピニオン
タイヤ :5.20-10

リッター当たりの馬力はなんと100超!!!

普通の車が大体70~80馬力
ポルシェ911カレラ4Sが101.32ps/L
フェラーリF430が89.57ps/L
つまりスーパーカー並み

車重はわずか480キロ
RRのパワートレーンでカーブもスイスイ
全高が1200mmと重心も低く、
その昔はかなり速いという伝説があった。
ほんとかどうか知らないけど。。。

ヤフオクでもほとんどお目にかからないが
新車時より高い値段が付いていることもしばしば。
ニュージーランドのマニアのHPを見ると
Formula Spec Kitというのがあって

Lc10wracekit

421cc 70hp / 10,500rpm

これだとリッター当たり166馬力!!!
おそるべし、バイク並みだな。。。
そんな回して大丈夫なのかという疑問もあるけど。
オーバーヒート対策が必要だな。

排気ガスの低減のため、
馬力を落として発売された
後継車の和製カウンタック
セルボ(E-SS20)なら手に入りそうだから、
セルボカレラでも作ろうかな。

種 類 :ガソリン 2サイクル
冷却方式 :水冷
シリンダー配置 :直列
気筒数 :3
排気量(cc) :539
最高出力(PS/rpm) :28/5000
最大トルク(kgm/rpm) :5.3/3000

燃料供給装置 :キャブレター
キャブレター数 :1

ボディ
構造 :モノコック
ドア数 :2
ボディ形状 :クーペ
全長(mm) :3190
全幅(mm) :1395
全高(mm) :1210
ホイールベース(mm) :2030
トレッド前後(mm) :1220/1195

車両重量(kg) :550

乗車定員(名) :4

駆動系統

エンジン搭載位置 :リア横置
駆動方式 :RR
変速機 :4速MT フロア

シャシー
サスペンション 前 :独立 ウィッシュボーン コイル
サスペンション 後 :独立 セミトレーリングアーム コイル
ブレーキ 前 :ディスク
ブレーキ 後 :ドラム
ステアリング :ラック&ピニオン
タイヤ :145SR10


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おもな変更点が斜め太字
このセルボ、欧州へは4ストローク1000ccエンジンを搭載した、SC100型と呼ばれる車種が輸出され、
イギリスでは『WHIZZKID』という名称で販売。
ただしヘッドライトはフロンテ・クーペと同じ角型、など
セルボというよりは1000ccエンジンを積んだフロンテ・クーペに近い。
現在でも熱狂的なファンがおり、個体によっては新車当時の価格で売買されているとか。

こういう車で箱根・六甲は楽しそう
セルボカレラもいいなあと思ってたら
北アイルランドでやってる人がいた(笑)
フラットノーズ、ゲンバラ仕様の911か。。。

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為替見通し

$ 1=97.74 円

ドルは3月入って上昇気配
ですがまだまだ円高は続きそうな感じ

£1=139.25 円
 €1=129.60円

一方、欧州も3月入って上昇気配
ですが一時は120円まで下がったポンドも
110円ぐらいまで下がったユーロも
それぞれ150円、140円越えるのは時間かからなそうで
こちらはまもなく割安感も薄れてきそうですね。

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Salmson S4 of 1938

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(サーブラウ白さん撮影)

主治医の工場にサルムソンという車が入ってきた。
博物館にあったものらしいがちゃんと動くそう
でもギアチェンジが今のシンクロと違うので結構タイヘンとか。

隣にあるのは FORD SIERRA RS COSWORTH

サルムソン
Salmsonemblem

何だそれと思って調べると
フランスの車らしい。
どっかで聞いたことがあるなあ
と思ったら軍用機のメーカーだった。

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かかみがはら航空宇宙博物館にあるサルムソン2(レプリカ)
サルムソン2はは第一次大戦で活躍した単発複葉複座の偵察、軽爆撃機
日本では陸軍が採用。
乙式一型偵察機(2A-2)として1921年に51機輸入され、
その後、川崎造船所により各務原で量産された。

wikipediaによると

サルムソン社は自動車、航空産業草創期から関わり、
革新的な技術で郵便飛行やル・マン24時間レースの発展に大きく寄与したそうだ。
1957年、ル・マン24時間レースのGTクラスで 2300 S という車が優勝している。

Salmson20230020charbonneaux20salon2

サルムソン社は80年代にドイツのポンプメーカーWILO AGに買収され
今はポンプメインにやってるそうで。

そういえば事務用イスの岡村製作所も
1953年に戦後初の国産飛行機N-52
1957年には国産初のFFオートマ車「ミカサ」を開発 しました。
この車、御堂筋の社屋に飾ってあるのを見たことがあります。
岡村は開発に当たってシトロエン2CVを購入し、徹底的に研究。
オートマはトルクコンバータと2段変速機を組み合わせたもので
当時としては画期的なものでした。
採算の問題で60年には製造が中止されましたが
もとは飛行機製造の技術者が結集して作った会社だそうで
そこから生まれたものだったとか。
今じゃ考えられませんね

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